喜三久先生講習会終わる





「翁千歳三番叟」に参加して

 私の住む千葉市でも珍しくも雪が積もった二月十一日、杵家会館で堅田喜三久師を講師にお迎えして、「翁千歳三番叟」の講習会がありました。
 「翁千歳三番叟」は大変格の高い曲で、我々が演奏する機会は一生巡ってこないかもしれません。喜三久先生からも、お囃子のどの流派にとってもこの「翁」は別格、特に重い曲であるが、四月三十日の記念演奏会でこの曲が演奏されるので、鑑賞の手引きになれば、というお話がまずありました。
 曲の頭から段切れまで、事細かに順を追って囃子の手を教えてくださったのですが、その合間合間に挿まれる喜三久先生の芸談こそが真髄、今は亡き名人たちの逸話はとても面白く、一同耳を澄まして聞き入り、会場は度々笑いに包まれました。
 私が特に感じ入ったのは、まず「最近の演奏にはノリの変化の面白さがない」というお話。これは以前、「勝三郎連獅子」の講習の時にも伺ったことですが、一昔前の長唄は例えるなら舞台の上で喧嘩をしているよう、三味線と囃子の丁々発止のやり取りを聴衆が楽しんでいた、今はきれいな音を聴きたいとか聴衆の求めているものも演奏者の志すものも違ってきているのかもしれないが、というお話です。
 家元先生からも常々「僕はノリの変化の面白さで聴かせるんだから、しっかりノリを覚えなさい」とご指導いただきますので、「あ、同じことだ!」と特に心に響きました。
 また、演奏には「捨てる」箇所が必要であるというお話もとても大切なことと感じました。私は唄方で、「君たちの唄は唄いすぎ」とよく指摘を受けるのですが、これこそまさに捨て所がわかっていないということなのだと得心しました。
 また、喜三久先生が芸術祭で文部大臣賞をとられた時のエピソードも、大変興味深いものでした。お話の解釈はいろいろあるでしょうが、私には喜三久先生が舞台を無心に遊ぶがごとく心境で、ただただ楽しんで演奏したことが受賞につながったというように感じ取れました。六十五歳の若さで人間国宝に認定され、数々の名演奏を繰り広げていらっしゃる名人のお心を推し測り、それを真似ようなどとはおこがましいにも程がありますが、今回伺ったお話からヒントを得て、私も楽しんで演奏することを心がけていきたいと思いました。
 四月の記念演奏会が楽しみです。貴重な機会をありがとうございました。

本部 弥江宏




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