義丸先生講習会「熊野」(二)






 秋も深まりゆく十一月八日、稀音家義丸師をお迎えして『熊野』の講習会がありました。この日は、時間切れで途中までとなってしまった一年前の講習の、云わば続編です。不心得にも復習もせず席に着いた私は、先生から「前回のところを皆にやってもらおう」「それじゃあなたやってみて」といきなりご指名を受け、自業自得とはいえ大変な目に遭いました。
 『熊野』は平宗盛の名ノリで始まります。ここで義丸先生から「平宗盛ってどんな人」と質問がありました。恥ずかしながら、私は宗盛って好色な中年のおじさんだと思っていました。美しい愛妾・熊野に執着し、病気の母の見舞いに故郷に帰らせてくれと懇願する熊野を、無理やり花見につれだすのですから。今でいったらパワハラですよ。でも実は宗盛は若い公達。お話が進むにつれ、こんな所業も老いや死を知らぬ若者故の傲慢さであることがわかりました。
義丸先生は随所随所で「よく考えてみて」とおっしゃいます。確かに宗盛が中年男性なんて、考えが足りない故の大間違いです。普段のお稽古で音や節を追うばかりで、深く考えることがなかったと、反省させられました。登場人物はどんな人なのか、どういう情景を描いているのか、作曲者はどうしてそのような音使いをしたのか。作曲者が何を表現したかったのかを考え、それを自分はどう表現するのかということこそが大事と、講習を通じて身に沁みて感じました。
 それにしてもこの曲は、稀音家浄観師が二十一歳の時の作曲といいます。二十一歳といえばうちの子供たち(三つ子)と同い年ですよ。明治の人の精神性の高さには目を瞠るばかりです。

本部 弥江宏




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