稀音家義丸師講習会「吾妻八景」終わる






 今回の義丸先生の講習会は「吾妻八景」でした。四代目杵屋六三郎が化政文化華やかなりし文政十二年(一八二九)に作曲、作詞は諸説ありますが六三郎自身であろうとの事です。今迄のこの作品についての印象は品の良い観賞用お座敷長唄と言うとらえ方でしたが今回改めてもう一度歌詞を良く読み返して見ると至る所に掛け言葉を駆使し江戸の風景を情緒豊かにそして粋に描写している作品である事に気が付きました。因みに「八景」と言う言葉は中国宋の時代に湖南省洞庭湖及び湘江から支流にかけての水の情景を描いた瀟湘八景に由来するものでそれが日本にも伝わり様々な八景が生まれました。その中の一つ近江八景は琵琶湖周辺の名所を表したもので長唄藤娘の中に唄われています。日本橋に始り桜の名所御殿山、ここは寛永十三年(一六三六)に将軍家の館が建てられ三代将軍家光は鷹狩も兼ね足繁く通った所の様です。ここからは高輪や品川沖辺りが見渡せたのではないでしょうか、そして神田山を崩して出来たと言う駿河台。「見下ろす岸の」はお茶の水辺り。宮戸川から浅草へ。船遊びに竹屋の渡し、花火見物の客の歓声、様々な物資の輸送路として数々の歌に歌われた墨田川、明暦の大火により行き場を失った多くの人々が身を投じたその教訓から架けられた両国橋、武蔵と下総二国をまたぐ橋と言う意味で名付けられたそうです。そして吉原。吉原帰りの客がもう一度襟を正して帰ったと言う意味合から名付けられた衣紋坂、上野忍ぶが岡、徳川家の菩提寺のある東叡山、そして不忍池と中の島の弁財天。「廻りてや見ん八ッつの名所」で終るこの曲は正に江戸八景ではないでしょうか。

本部・弥佐乃

 




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