義丸先生講習会「那須野」






講習会に参加して

 「三国妖狐物語」の「天竺檀特山」の段「唐土華清宮の段」上中下の内「日本那須野の段」の義丸先生のお講義がありました。
 作詞 四世桜田治助、作曲 初代杵屋六四郎(元治元年開曲)。助蔵、実は上総之助。助作、実は三浦之助。二人の所へお玉という賎(しず)の美しい女が現れて、明玉を落とし狐の正体を見破られるが、心を入れかえて、四海泰平、五穀富裕の神となる物語です。
 先生の軽妙な節まわしに魅了されながら、浜唄のリズムにのった、のどかな美しい旋律や鼓唄の見顕し凄味があり、後は早間で終わり、ドラマティックな曲だと思いました。
 那須野は、栃木県北部の那須丘のふもとで殺生石の記念碑があるそうです。
 「じょなめいて来やったの」の「来やったの」が唄で言葉ガカリで大変むつかしく、「石に磐」で殺生石にふれ、「降伏(こうふく)」は武力で降参。「降伏(ごうふく)」は法力によって調伏させることのちがいのお話があり、又唄う時は姿勢を正しくして下を向かないで唄うと声が出やすい。三味線の音のない空き間に唄を入れてゆくと唄がはっきり聞こえる。唄は、入口と終わりが大事であること。失敗をおそれては唄が小さくなってしまうこと。などなど有意義なお話がありました。
 唄の心は言霊というのでしょうか。歌詞の意味をイメージして表現することのむつかしさ。イントネーションの微妙さに、大和言葉は優美で、もののあはれを感じます。
 先生は「源氏物語」にも御造詣が深く、いつも会報に載ります「長唄聞書」を楽しく読ませていただいております。陽に映えて紅葉の美しいこの頃、家元先生はじめ皆様と御一緒にお勉強出来まして、有難うございました。

弥代輝




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