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《道中丸色廓(こいのはなまるにいろざと)》

初演
文政元年(1818)正月中村座
『*曽我曲輪日記(ねんねんそがくるわにっき)』一番目三建目

① 早稲田大学演劇博物館安田文庫所蔵(イ11—1212—42)
(1)半紙本1冊
(2)全一・五丁(表紙〇・五丁、本文一丁) 
(3)六行
(4)*曽我曲輪日記(ねん/\そかくるはにつき)第一ばん目三建目/中村座/道中丸色廓(こひのはなまるにいろざと)
(5)道中丸色廓(こひのはなまるにいろさと)
(6)「壱」
(7)正銘/堺町/沢村屋利兵衛/板元
(9)絵ぞうしうり実は本田次郎近常 沢村源之助
(10)長唄 芳村伊十郎 冨士田吉四郎 芳村孝三郎 冨士田千五郎 松永平蔵 芳村伊十蔵 冨士田千之介 芳村甚三 芳村常蔵 三味線 杵屋正次郎 杵屋和介 杵屋三郎介 杵屋勝太郎 杵屋文次 杵屋又次郎 杵屋伊介 杵屋浅次郎 杵屋六三郎 ふへ 待田由兵衛 ふへ 住田彦七 小つゞみ 坂文左衛門 小つゞみ 大西徳蔵 小つゞみ 福原百次郎 大つゞみ 太田市左衛門 大つゞみ 原田次三郎 たいこ 田中三平 たいこ 小泉長五郎 三味せん 杵屋喜三郎 三味せん 鳥羽屋三五郎 三味せん 杵屋勘九郎 大つゞみ 望月千之介 大つゞみ 太田市兵衛 たいこ 坂田重兵衛 たいこ 小西権兵衛 たいこ 田中弥六
(11)豊久画 
〈備考〉
「狂言作者 福森久助」「ふり付 藤間勘介」「ふり付 藤間勘十郎」「ふり付 市山七十郎」(表紙)

〈考察〉 
 本田次郎近常は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将で、畠山重忠の家臣。本田次郎近常を演じた2代目沢村源之助(1802~53)は、この時17歳。4代目沢村宗十郎の門弟で、後に初代沢村訥升、5代目沢村宗十郎、5代目沢村長十郎、3代目助高屋高助、5代目沢村訥子を襲名した。紋は「丸にいの字」で、曲名の「まるにい」にも詠み込まれている。着物には沢村家の模様「観世水」と菊の花が描かれ、その上の袖なし羽織の模様は沢村田之助の紋「釻菊」。袴姿の役者絵など3枚の錦絵をぶらさげ、手に絵草紙を持っている。
 絵本番付では二立目に「本田 源之介」が外箱をかけた姿で描かれている。この他、女太夫、胡弓を弾く女などが描かれ、その後ろには海鼠壁があって、中にいる並び大名たちはこうした大道芸や物売りを眺めている。
 歌詞は〽花の絵草紙」まで絵草紙売りのことを唄い、〽その細見」以下は『吉原細見』のこと。〽これ男」からは痴話喧嘩となり、〽鳥の鳴くまで待たせておいて」の歌詞は長唄《恋傾城》(文政11年[1828]4世杵屋三郎助[後、10世杵屋六左衛門]作曲)にも引用されている。4世杵屋三郎助はこの時三枚目で出演していた。歌詞は〽とこの」までで、続きがない。欠丁であろう。

 道中丸色廓(こひのはなまるにいろさと)
〽明わたる そらものとかに御代の春 家なみさかふるにきわひに 初あきなひのゑびすがみ 合 ふての手柄の 合 江戸しまん あつまにしきゑいろ/\の 目に正月のたわむれを めせやめせ/\花のゑぞうし その細見に数/\の 色のみなとの伊達くらべ(一丁オ) ふたつ山形いきちか花の きみならしんぞ恋衣 染ておもいや 合 深みとり まつのくらゐや袖の香に たれもひかれてくる/\/\と めくる夜見せやひけ四ツすぎの 間夫は手ごとの奥ざしき 〽これ男したに居や したにいたがなんとする ヱヽにくらしいむなづくし 鳥のなく迄またせておゐて とこの

国立音楽大学附属図書館蔵
国立音楽大学附属図書館蔵
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